伊織 椒のブログ(仮)

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作品紹介『ちえりとチェリー』

先日の特別上映会にて鑑賞したのですが、普遍的な魅力を感じました。とても面白い作品でした。(公式サイト:トップページで動画が自動再生されます)

この作品には、いわゆる”深夜アニメファン”に訴求できそうな要素もあると思うのですが、児童文学的な性質のパペットアニメ作品だからか、そうした層からの注目度は高くない印象があります。面白い作品が知られないまま終わってしまうのは勿体無いので、東京での上映が始まる前に紹介することにしました。また、上映会におけるプロデューサー曰く、大規模な宣伝を行えない体制の下にある作品らしいので、微力でも作品を応援したいと思ったことも動機です。簡素な記事ですが、作品に興味を向けていただければ幸いです。(注記:”いわゆる深夜アニメファン”という表現は雑だと自認していますが、他のよい表現を思いつきませんでした。あしからず)

公開形態について

『ちえりとチェリー』の公開形態は特殊です。各地の劇場や公民館などで散発的かつ長期的に上映が行われる予定で、東京都では7月30日から劇場公開が始まります。他のいくつかの地域でも今夏上映予定です。そして、ソフト商品の発売予定はまだありません。地域によっては次の鑑賞の機会があるかわからないことも、今この作品を紹介する動機です。

物語としての魅力

各種宣伝ではかわいらしい素材が多用されていますが、実は深刻かつ普遍的な題材を扱っている作品です。まだ広く公開されていない作品なので詳細な言及を避けた曖昧な表現に留めておきますが、この作品の主題は、〈喪失〉、〈想像〉、〈恐怖〉だと思います。そして、不理解による人間同士の現実的な衝突、パペットアニメならではの実体感と虚構感のバランスによる独特の雰囲気、恐怖の在り方と恐怖への回答の描写などが連関し、普遍的な物語として成立していると感じました。特に、些細だけどつらい出来事、誰もが経験するような出来事の描写が見事で感心しました。児童文学的な作風ですが、児童文学は児童だけしか楽しめないものではありませんし、この作品も同様でしょう。

ちなみに、併映作品の『チェブラーシカ 動物園へ行く』は穏やかな作品です。そちらも『ちえりとチェリー』と同じく中村誠監督によるパペットアニメ作品ですが、雰囲気にかなりの差を感じました。

丁寧なアニメーション

コマ撮りによるアニメーションがとても丁寧で、最後まで活き活きとしたアニメーションを楽しむことができました。ちなみに、主人公・ちえりなどのキャラクター原案は、『鬼斬』や『ジュエルペット てぃんくる☆』のキャラクターデザインを努めたアニメーターの伊部由起子氏が担当しています。かわいらしいキャラクターデザインと丁寧なアニメーションによって、普段はパペットアニメをあまり観ないアニメファンにも支持され得る映像になっているのではないかと思います。何を隠そう、私もそういう観客の1人です。

中村誠監督と高森奈津美氏の数年間の結実

この作品で主人公・ちえりを演じる高森奈津美氏の代表作は、やはり『アイドルマスター シンデレラガールズ』の前川みく役でしょうか。昨年のシンデレラガール総選挙(人気投票企画)におけるみくの大躍進には、アニメ版第1クールにおけるみくと高森氏の活躍は不可欠だったと思います。(余談ですが、『ちえりとチェリー』には猫が登場し、その声は田中敦子氏が担当しています。更に余談を続けると、この作品には鏡が重要なモチーフとして登場します)

そんな高森氏ですが、2011年に『Little Stories』というドラマCDに参加しています。女子小学生、男子小学生、女子中学生、OL、ラジオパーソナリティ、母親などの多様な登場人物の全てを高森氏が1人で演じる特殊な企画でした。プロモーション映像だけでも高森氏の演技力がわかるはずです。こちらも高森氏の代表作に相応しい作品だと思います。

そして、このドラマCDの企画・ディレクション・プロデュース・脚本を担当した人物こそが、『ちえりとチェリー』の中村誠監督です。この作品の主役に高森氏が起用されたことは、『Little Stories』を経た中村監督による高森氏への信頼の結果なのでしょう。

また、『ちえりとチェリー』の制作では、パペット撮影の参考にするための仮音声が用意されました。高森氏は仮音声の時点からこの作品に参加しています。そして、アフレコは完成映像を用いて行われたのですが、パペットのコマ撮りは時間がかかる作業のため、仮音声と本音声の収録時期には数年の差が発生しました。すなわち、高森氏のプレスコ音声に基づいた映像に、数年後の高森氏がアフレコを施した稀有な作品だということです。高森氏に興味がある方にとっては特別な作品になり得ると思います。

ちなみに、ちえりと並ぶ重要人物・チェリーを演じるのは、音楽家、俳優、文筆家などとして活躍している星野源氏です。星野氏の収録はいわゆる〈抜き録り〉ではありません。他の出演者と同時にアフレコを行っています。そして、明日25日に放送される『星野源のオールナイトニッポン』には高森氏がゲストとして出演します。東京の劇場での上映を控えた2人が何を語るのか、とても楽しみです。(注記:この記事における音声収録関係の諸情報は、各種媒体および特別上映会における監督の発言に基づいています)

おわりに

上映時間は併映作品を含めても1時間30分に満たないので、気軽に観に行ける部類の作品だと思います。夏の憩いとして多くの方にご覧いただければ、紹介した甲斐があります。